Italia Trip

Mr.Kのイタリア旅日記 vol.19

2022.10.28
 

Mr.Kの旅日記を書き始めてからすぐにコロナ騒動にまき込まれ、すでに2年半近くイタリアに行けていない。最後に行ったのは2020年の1月か2月だったと思うが、それが何処であったのか、何の為だったのかさえ思い出せない。これだけ長く行かなかったことがないので、イタリアの匂いや感触も遠ざかってしまっている。
2019年は80日くらいイタリアで過ごした。それまでは50〜60日だったから2019年はとくに多かった。

イタリアに行かなくてもメールやFAX、LINEやメッセージで常に連絡は取り合えるしZOOMで顔を見ながら話せるので仕事上は何の問題もないが、匂いや感触までは掴めないからただの仕事になってしまう。
直接会って握手してハグして一緒に食事をしてワインを飲む。その雰囲気があってこそ、そのワインや食材の良さを感じる事ができ生産者の意思が伝わってくる。それができないのはなんとなく物足らない感じがする。
ということで今回も思い出話をするとして、どこのワイナリーにしようかと色々と考えたが、今回はPIEROPAN FAMILYを取り上げる事にする。

ピエロパンといえばイタリアを代表する白ワインのひとつ、SOAVE CLASSICOの第一人者だ。リーダー的存在であり、日本でも多くのファンを持つ人気ワイナリーのひとつだと思っている。
私自身、ピエロパンとは30年以上の付き合いだ。だから思い出もいっぱいある。何をどこから書いて良いのか、頭の中を整理しながら文章を進めていくことにする。

まずピエロパンの最近のニュースとして、ワイナリー・カンティーナ(醸造所・熟成庫)が新築されて、SOAVE CLASSICOの個人の生産者としてはダントツ1位の大きさのカンティーナを作った事だ。
ちょうど1年程前に完成してすぐにその新しいセラーで2019 vintage分から全ての工程が行われている。残念ながらお披露目パーティーには行くことができず実際には見ていないが、ビデオで見る限りとてつもなく立派で夢のようなセラーに仕上がっている。

彼らが持つ“カルヴァリーノ”「CALVARINO」のCru近くの丘を開拓し広大な更地を造る計画段階から話を聞いていたが、実際にその開発した土地、そこから掘り出され山のように積み上げられた岩・石を見た時、信じられないほどのスケール感を感じたことは今も鮮明に憶えている。

それまでのピエロパンのセラーは、ソアヴェ(SOAVE)の古いお城の目の前にあり、住居が併設されている小ぢんまりとした規模だった。それはそれで私にとっては大好きなサイズであり、大好きな場所だった。もちろん今でもだ。

毎年のように訪問していたその古い住居兼セラーは、ピエロパン社としての事務所(以前のまま)とマダムMs.TERESITAの住居として今も活躍している。新しく生まれ変わったセラーを見るのは本当に楽しみだが、今回の旅日記では長年に渡りお世話になった旧セラーで体験したいくつかのエピソードを紹介しよう。

ピエロパン社のワイン作りは1890年に始まった。当時ソアヴェ(SOAVE)においてワインをビンに詰めて販売する様式はなく、おそらく大きな容器で村の協同組合や日本でいうところの農協のような組織で売っていたと想像される。

というのは、ピエロパン社が初めてワインをボトルに詰めて販売を始めたのは1930年代からだと聞いたことがあるからだ。当時のソアヴェ地区ではワインボトルを作る工場はなく、すべてドイツからラインボトル型のボトルを買って詰めていたようだ。ピエロパン社は現在もラインボトル型にこだわっているが、多くの他のワイナリーはボルドー型であったり、中にはブルゴーニュ型のボトルを使っているワイナリーも見かける。
私がワイン販売の仕事に携わりはじめた頃は、このソアヴェ近郊のバルドリーノやヴァルポリチェラの赤ワインでもラインボトル型の細長いボトルに詰めて販売していたワイナリーが数多くあったが、今ではほとんど見る事はない。
現在、私達が残している価格表で一番古いのが昭和63年度版だが、その価格表にはすでにピエロパン社が載っている。
① #038 SOAVE CLASSICO Superiore Vigneto Calvarino ’87 750ml ¥2,500
② #039 SOAVE CLASSICO Superiore Vigneto La Rocca ’86 750ml ¥2,500
当時は安かったようだが、一番重要なSOAVE CLASSICO BASEが載っていない。当時はスタンダードを取り扱っていなくて、このcruの2種のみを扱っていたのか、残念ながら憶えていない。

ここでこの価格表を見て、興味深い話を思い出した。
以前のピエロパン•ソアヴェ•クラシコ(カルヴァリーノもラ・ロッカも含めて)すべてスペリオーレ(SUPERIORE)の表示をしていた。現在も中身(ワイン)はスペリオーレなのだが、現在はあえてSUPERIOREの文字は書いていない。ラベルにも表示をしていない。
まず、スペリオーレという意味は、通常のソアヴェDOCの基準に対して
① アルコール度数が少し高いもの(12.5%以上)である事
② 通常のソアヴェDOCより長い熟成期間(収穫後2年以上)である事
と定められている。

したがって、ソアヴェであるのか、ソアヴェ•クラシコであるのかではなく、アルコール度数が少し高く、熟成を少し長くすればソアヴェスペリオーレDOCGと名乗ることができる。つまりSOAVE DOC、SOAVE SUPERIORE DOCGと原産地呼称の格付けがされるということだ。そこに私自身は特別な思いはないが、一般的には、DOCよりDOCGの方が一段階上のようなイメージが広がるようだ。先にも触れたが、ピエロパンのソアヴェ•クラシコはスタンダードなソアヴェ•クラシコのみ熟成期間は2年未満だからこのスペリオーレには当てはまらないが、Cru(クリュ)も含めて常にこの条件は満たしている。

ではどうしてピエロパン社はスペリオーレの表記をしなくなったのか。
それは、ソアヴェ、ソアヴェ•クラシコにおいて、スペリオーレという格付けが意味を持たないからだ。本来ソアヴェ、ソアヴェ•クラシコは、フレッシュでフルーティー、爽やかな白ワインであるべきで、その地区やそのテロワールを表現したい時や熟成を長くした方がより深みや味わいが良くなると思われる場合にのみ、長期熟成の意味と良さが生まれるのだ。

このスペリオーレDOCGという格付けができたのは2001年(ラベル上は2002年ヴィンテージ)からで、市場には2003年から新しくDOCGとして売られるようになった。ただこの新しい格付けに対しては、かなりの賛否両論があって、ピエロパンは大反対だった。
ソアヴェ、ソアヴェ•クラシコというワインを十把一絡げで同じように考えることが大まちがいであると多くの生産者は言っている。そもそもSOAVE(ソアヴェ)という白ワインは、1968年に正式に認定され、トスカーナのキャンティ(赤)と同様に世界中で注目を浴びた。
その当時ソアヴェとして認められた生産地域の総面積が1,700ヘクタールであったにも関わらず、一躍世界中が注目したので、イタリア政府は本来のソアヴェ城を中心とした1,700ヘクタールの丘陵地とは関係のない遥か彼方のエリアまでソアヴェの栽培エリアとして広げてしまったのだ。その結果7,000ヘクタールまでエリアが拡大された。とにかくその辺りでガルガネガ種とトレビアーノ種で白ワインを作って「SOAVE」と書けば何でも勝手に売れていくのだからイタリア政府は、いくらでも範囲を広げて販売量を上げる方策を取った。今あらためてソアヴェの原産地呼称を見直した時、1968年に制定したソアヴェの生産区域が現在のソアヴェ•クラシコ地区とほぼ合致する。なので、多くのソアヴェ生産者はアルコール度数や熟成期間がどうこうではなく、ソアヴェなのかソアヴェ•クラシコなのかが大きな違いである、という点を問題視しているのである。

本来のソアヴェは、ソアヴェ城を中心にいくつかのクラシコゾーンの味わいだ。きれいな酸とフレッシュなミネラル感、その味わいはクラシコゾーンが持つ石灰質土壌や火山性土壌から生まれる。そんな土壌や気候もないエリアにまでソアヴェDOCのエリアを広げてしまったこと、そして単調な味わいしか持っていないワインでもアルコール度数を上げたり醸成を長くするだけでDOCGにしてしまったこと。このくだらないDOCG法に対して少なくともピエロパンはボイコット(大反対)を唱えてきた。その印としてボトルの首の部分に貼ってあるDOC認定シールを上下反対に貼っている。今もだ。ぜひ意識して見てほしい、彼らのささやかな抵抗を。